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編集員通信
競馬ブック編集員が気になる事柄にコメント
武ヤンの思い出






 

◆“武ヤンの思い出”

  「その馬は先週の新馬戦で強い勝ち方をした○○○ですね。首さしから背中にかけての線がお父さんのイエラパにそっくりです。大事に育てて行けば来年のいま頃はダートのオープンで大活躍していると思いますよ」

  「なに言うてんねんな、そこの見慣れんオッサン。芝で楽勝したんやから次は重賞にチャレンジや。結果次第では皐月賞でも行こか思てんのに、なにがダートやねん、縁起でもない。わけわからんいちゃもんつけんと、はよどっか行ってしまい」

  これは30年近くも前のトレセンでの会話。ケイバブックへ入社したばかりの新米記者である私がトレセンへ行くことになったときに、武田恒雄(通称武ヤン)という道営競馬担当の先輩記者が同行してきた。早朝のトレセンで週報の特集記事の取材に駆け回る私の横で、前夜の酒が残っている武ヤンは絶好調。行き交う人々を掴まえては独特の持論を展開。周囲に呆れられていた。

  そして、一年後。上述の○○○号は準オープンで頭打ちとなり、初めてダートのレースに挑戦。それまでのジリッぽさが嘘のようなパワフルなレース運びで圧勝。それ以降はダート路線に切り替えて大活躍。ついに重賞を勝つまでの存在になった。一年前のその予言は見事に的中。駆け出しの私は腰が抜けそうになるほど驚いた。

  「サラブレッドを構成する三大要素を挙げるとしたら、血統、気性、個体。同じ父母を持つ兄弟でも気性や身体能力が違えばまったく別な馬になる。これは当然のこと。血統上の知識をしっかり身につけつつ、個々の馬の気質を理解して、なおかつ身体的な特徴もきちんと把握する。それがサラブレッドの本質を探る上での基本。厩舎取材担当になるんだったら、それぐらいは頭に入れておくべきだ。馬を見て、人の話を聞いて、(ものの本質を)よく考えて、そして、洗練された文章が書けること。それが、これからの競馬記者の条件。もう、(調教を)見るだけ、(関係者のコメントを)聞くだけの記者は不要だから」

  これは私が厩舎取材の記者になると決まったときに武ヤンから贈られたメッセージ。いつも欧米の競馬雑誌や資料等を原書で読み、外国の種牡馬の血統や競走成績、体型等をそらで解説してくれた彼。好きなものが酒と競馬ならその人物像は聡明にして温厚。利害や打算とは無縁で、日常性を超越しているその姿には憧憬の念を抱いた。ケイバブックのG1増刊号で血統担当の水野隆弘と武ヤンとの対談記事が何度か掲載されているので、記憶されている読者の方もいらっしゃると思う。彼の書いた文章を真似したり、その競馬観を理解しようと努めたが、その域に到達できないまま現在に至っている。

  武ヤンが事故死してから十数年が過ぎた。ご遺族から辞退の申し出があったために葬儀への出席が叶わず、いまだに墓前にも顔を出せないでいるが、私が競馬の仕事をここまで続けられたのは彼からの様々な教示があったからこそ。個人的な想いだけを綴る形となったひとりよがりの今週のこのコラムも、そろそろ区切りがつきそう。今夜は武ヤンが書き遺したG1レースの原稿でも読みながら酔っ払うことになりそうだ。


競馬ブック編集局員 村上和巳


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このコラムが本になりました。
「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」東邦出版HP


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