編集員通信


〈 ところで皆さん 〉

 プロ野球のサイン盗み〈スパイ事件〉が、大きな話題を呼んでいます。相手チームのキャッチャーのサインを誰かがモニターで見て、球種をセンターの後ろの外野席にいる人に知らせ、それをバッターボックスの打者にメガホンで合図をして教えるとか。「ナルホド」と思う反面、はたしてそんなことができるのかどうか、という疑問が湧きます。

捕手がサインを出す(それも複雑なブロックサインを)、それを同じ球団でないものが見て(サインを理解できるかどうかも疑問)、ワンクッションを置いて打者に合図を送る。この間、時間にすれば数秒でしょう。投球間隔の速いピッチャーなら、合図を見る前に投げてしまうかも知れません(こっちの方がサインに慣れている筈なんですから)。そうなると、打者が外野席の合図を見ようとしている間にボールはホームベースの上を通り過ぎていることになりかねません。

しかも、報道によると、合図を送るために外野席にいるのは、アルバイトでやとった学生とか。もし、こんなことを本当にやっていれば球界追放もあるらしいんです。そんな大変なことを、ことの重大さを深く理解しているとは思えない学生アルバイトに頼むなんてことがあるのでしょうか(私だったら親戚にたのみます)。だって、いつバレるかも知れないんですから。火種はどこか知りませんが、常識的には、まずありそうにない話だと思うのですが、皆さんはいかがお考えですか。

〈ところで皆さん〉。プロ野球の話で、阪神タイガースの話題でなく、何故、こんな話をしたかと言いますと、競馬サークルでも、俗に「ヘンタ」と呼ばれる無責任な情報に踊らされることがよくあるんです。もちろん、追放とか、犯罪とかいった大ゲサなことではないんですが、当事者にとってははなはだ迷惑なウワサが乱れ飛ぶんです。それも馬券を買う寸前に。

たとえば、Aという馬がいたとします。レースの朝、その馬の足を洗い場で厩務員さんがナデていたとします。それを目にしたZトラックマンが、「どうしたんですか」と聞きます。「別に何でもないよ。ちょっとソエを気にしてるみたいなだけ」。これがA馬の厩務員さんの答。これはよくある話、ここで終われば平和なんですが、Zが他のTMに、「Aという馬、足元を気にしてるみたいやで」と話します。事実そうなんですが、ここで、大した不安でない「ソエ」という単語が抜けます。この話を聞いた別のTMが次のTMに話す時は「Aは足が悪いみたいやで」になります。語り継がれて5人目ぐらいになると「Aはパンク寸前らしいで」にまで話が飛躍してしまうんです。

私が耳にするのはこの辺り。こんな話を聞いて、Aという馬を買えるはずがありません。そして、大抵の場合、こんな話があった馬は、不思議と勝つんです。「誰や、Aは要らん言うたんわ」レースの後、怒号が飛び交う。いつもの空しい光景です。この場合、「火種」はハッキリしているんですが、発信元を詰問しても、「オレ、要らんなんて言うてへんで」という返事が返ってきます。実際そうなんですから、文句の言いようもありません。

ウワサがウワサを呼んで、真実はどこかへ行ってしまう。プロ野球のスパイ事件も案外そんなところかも知れませんよ。皆さんも、何かの拍子に、もし「オイシイ情報」を耳にしても、まず疑って、よく考えて、「ウソやろう」と思って捨ててください。何度も何度も、数えきれないほどダマされている私が言うんですから、間違いないですよ。

(競馬ブック関西デスク・井戸本征彦)

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