編集員通信


”阪神大賞典”で思い出した事

 阪神大賞典と言えば、低迷しているナリタブライアンと、菊花賞、有馬記念に連勝して名実共にトップランナーへと駆け上がったマヤノトップガン、新旧年度代表馬の対決が話題を呼んだ96年の第44回。末代まで語り継がれるレースを、何で日曜日にやらないんやと凄い剣幕のファンからの電話が相次いだ。主催者JRAでなく、競馬ブックに怒鳴り込まれても……。

逃げたスティールキャストの失速と入れ替わり先頭に立ったマヤノトップガンに、ナリタブライアンがすかさず体を合わせてコーナーを回り込む。それからは一騎打ちに。内側の田原は鞭を左へ、外側の武も左から右へ持ち替えて対抗する。細かな技巧を織り込んだ壮絶な戦いだった。

ところで、後日トレセン3階記者席へ、私に抗議するためわざわざ田原が上がって来た。「他の記者が書くならともかく、キャリア十分な坂本さんまであのレースを名勝負呼ばわりするのは納得出来ない。見識を疑う。まして、77年の有馬記念のテンポイント、トウショウボーイを引き合いに出すとは何事か。そもそも、野球で言えばオープン戦とペナントレースとの違い。阪神大賞典は天皇賞への過程であり、幾ら良いレースであっても所詮はオープン戦だった。前哨戦に名勝負なんてあり得ない。どちらも最高の状態で激突するのが名勝負の最低限の条件」と言う。

田原のジョッキーの立場からの意見はよーく分かる。しかし、私は彼にこう言った。「見る人を感動させるレースこそが名勝負。それには本番も、前哨戦もない。高名な画家や、評論家、画商が口を揃えて貶したマネの「オランピア」は今や世界中の人々に感動と興奮を与える名画として広く認知されている。それとこれは別かも知れないが、そう向きになりなさんな。ファンに感動を与え、喜んでもらえるレースをするのがプロなのではないか。ファンの大多数が名勝負だと言っているのだから、間違いなくあれは“名勝負”だったんだ。」

田原がそれで納得したかどうか知らない。ただ、帰る時の表情にはいつものクールさが戻っていたように思った。


編集局長 坂本日出男

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