編集員通信


昭和42年の二の舞は避けられた


 いよいよ桜花賞を皮切りに、99年のGIレースが始まる。掛け声だけで、ストに突入する迄もなく妥結していた厩務員組合と調教師会とのハネムーン関係は、19年目にし破綻を来たし、4月3日分だけは中止となったが、調教は通常通りに行われているので、桜花賞、皐月賞予定馬共に、体調管理を狂わせるような、ストの直接的な影響はなかった。

 これが何週か続くと大変。自分の知る限りでの最大の争議は昭和42年だった。賃金アップ等の待遇問題でもめた共闘会議と調教師会の話し合いは仲々つかず、4月1日〜2日の中山、阪神両競馬の開催が中止され、その後も8〜9日、15〜16日までもが中止されている。2日に予定していた桜花賞、9日予定の皐月賞は共に30日に、京都、中山で延期開催された。ストは22日になって解決し、どうにか平常開催に戻っている。桜花賞、皐月賞の日程変更に伴い、オークス、ダービーも先送りされていた


 桜花賞は、関東の主力キクノフドウ、ヒンドタイムが体調を崩し戦わずして帰京して行った。1番人気ヤマピットは馬群に包まれて出られず、快速を封じ込められたまま12着に終わった。4月2日に向けて目一杯仕上がっていただけに悔いは残ったろう。対してシーエースは、仕上がり遅れだったのを、ストのお陰でベストに持ってこれたのと、外枠が不利とならない京都へのコース変更で、願ってもない形で戦えた。
 皐月賞でも似たような明暗があった。スプリングSで左後肢に外傷を負ったリュウズキが、3週間の延期で完全に復調。今で言うなら、不良に近い渋った馬場(稍重発表)が1番人気アサデンコウ(7着)を苦しめてリュウズキ浮上の片棒をかついでいる。

 ところで、ヤマピットはオークスで、アサデンコウはダービーで各々桜花賞、皐月賞の雪辱を果たした。メデタシ、メデタシなんでしょうか、これって。

編集局長 坂本日出男

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