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編集員通信
競馬ブック編集員が気になる事柄にコメント
競馬談義






 

◆競馬談義

 三十年ほど前に競馬をはじめた。当時の私は阪急石橋駅(大阪府池田市)の近くで怪しげな喫茶店をしていた。壁は真っ黒で床はドンゴロス張り。テーブルは輸入品を運ぶのに使った木箱が代用品。天井から裸電がぶら下がっているだけで窓がなくて暗い、まるで船底のような空間だった。ロックやブルースをガンガン鳴らす外国音楽専門の店だったせいか、客層の大半が学生だった。

 当時の私に本格的に競馬を教え込んだのは、阪急電車のガード下で屋台のラーメン屋をしていたNだった。痩身で長髪のNはどこから見てもラーメン屋が本業とは思えぬ雰囲気で、私の店の常連でもあった。仕事を終えた深夜にラーメンを食べに行くと、いつも「明日の阪神競馬はこの馬が狙い目」と呟くN。気がついた頃には彼のペースに巻き込まれ、私自身も競馬に取り憑かれていた。

 それからというものは、店のカウンター内でコーヒーをたてつつ、週末はイヤホーンで競馬中継に熱中した。あとで知ったことだが、Nは近くにあるO大文学部の学生で、屋台のラーメン屋をしつつ競馬や麻雀に嵌まっていたのだった。ほぼ同世代だった我々は、どちらかが競馬で勝つたびに酒を酌み交わす関係になっていた。

 数年後、なんとか大学を卒業したNは出版社に就職。『あて馬』という社内競馬予想紙を創刊、その主筆となった。一方の私は、船底から飛び出して競馬の社会に足を踏み入れていた。世間では競馬そのものが“社会悪”という認識でしかない時代だった。

 あれからほぼ三十年。その出版社の重役となったNは、相変わらず『あて馬』の編集長として年輪を感じさせるコラムを書き続けている。私は私で、競馬漬けの生活を送っている。東京に住むNと滋賀県に住む私。Nが関西に出張にくると京都か大阪で飲み、私が東京へ行くと新宿界隈で一杯やる。会話の大半が競馬談義で、行きつくのはいつも、それぞれが好きだった馬の昔話だった。

 今年は久しぶりにダービーを見に行くつもりだ。新装なった東京競馬場にも関心はあるが、その日の夜にNと飲むのも楽しみのひとつ。時間の空白や立場の違いを乗り越えて痛飲し、そして泥酔できるのは、やはり競馬という酒菜があってこそである。


競馬ブック編集局員 村上和巳


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