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編集員通信
競馬ブック編集員が気になる事柄にコメント






 

◆“声”

  私用で出掛けた日曜日の夜。カーラジオのスイッチを入れたところ、ちょっぴり鼻にかかったソフトな声が耳に飛び込んできた。普段はクールに、そして、ときにはたたみかけつつシャウトに。毎日放送の美藤啓文アナウンサーの野球実況である。ラジオの競馬中継で一緒に仕事をしたこともあって、その声を聞くと瞬時に彼だと判る。当然のことながら、素敵な声の持ち主である。

 誰にでも経験があると思うが、自分の声をテープや放送電波を通して初めて耳にすると激しい違和感に苛まれる。声というのは左右の声帯の収縮や声門の開閉の仕方の違いによって高さや種類が変わるというが、体内にある聴神経を通して中枢に伝えられた自分の声に慣れているため、外部から聞こえてくる自分の声に実感がないのだ。
 過去にはラジオやテレビで喋る機会が幾度となくあった私だが、再生装置で自分の声を聞くたびに頭痛がした。もう少し渋い声だと勝手な思い込みがあったのだが、実態は頼りなくて限りなく軽薄。それを知ってからは声に対してコンプレックスを抱くようになった。

 「な〜んや、村上さんやん。最近は放送で声聞けへんなと思ったら、こういう質問コーナーの担当になってたんかいな」

 これは当日版の記事について電話で問い合わせてきた競馬ファンの一人。面識もないのに“な〜んや”とは失礼なと思いつつ、“はい、お電話変わりました”という声だけで正体がバレたことに改めて落ち込んだ。その昔、ブルースを歌いたいがために自分の声をつぶして(声帯に刺激を与え続けて)ボーイソプラノからバスへと変身したヴォーカリストが知人にいたが、ヤツの気持ちが痛いほどに判る。

 「その声、久しぶりやワ、お客さん。もう放送には出てへんのやね。昔はよう競馬中継聞かしてもろたワ。予想の方はあんまり当たらへんかったけど、ほんま面白かったで、お客さんの話」

 これはごく最近、JR草津駅からタクシーに乗って「手原の競馬ブックまで」とだけ言った時の運転手の反応。ひと言だけで見抜かれたことに驚きつつ、落胆した。“予想は当たらへんかったけど”もキツかった。それに“面白かったで”の言葉は決して褒め言葉ではない。ギャグ番組ではなくてあくまで競馬中継だったのだから。

 草食動物である馬は人間とは比較にならないほど聴力が発達しており、迷子になった仔馬は数キロ先からかすかに聞こえてくるいななきで母馬のいる場所が判るという。そういえば、馬房にいるサラブレッドも常に耳を前後左右に動かして周囲の様子をうかがっている。厩舎回りをしていた頃、私が馬房に近づくと嫌そうな目でこちらを睨み、声をかけると必ず奥に引っ込んでしまう馬がいた。いまから思うとその馬も私の声が嫌いだったのかもしれない。もちろん、その馬がらみで馬券を当てたことは一度もなかった。


競馬ブック編集局員 村上和巳


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