・アドマイヤフジ ・フサイチアウステル ・コンラッド ・マイネルレコルト ・スムースバリトン ・キングストレイル
・ライラプス ・ジョウノビクトリア ・エリモファイナル ・ラインクラフト ・エアメサイア ・エイシンテンダー
「すいません、阪神版を二部と北海道版を一部お願いできますか。ええ、今週は阪神と北海道で2頭ずつ使ってるんですよ。勝てそうな馬もいるんで楽しみです。はい、どうもありがとう」
毎週、金曜日の午後になると栗東本社に調教師、調教助手、厩務員といったトレセン関係者がやってくる。編集部には贈呈用の当日版(新聞)が用意してあって、それを目当てに関係者が顔を出すのである。たいがいは編集部の入り口のドアを開けて上記のように声をかけて新聞を受け取ると去って行くのだが、なかには暇つぶしにコーヒーを飲んで行ったり、出走馬の解説をしてくれる人物もいる。
「な〜んや、グリグリの本命だと思って楽しみにしてたのに、対抗しかついてないんか。がっかりやな……。凄く具合いいから間違いなく勝ち負けになるで。まあ見ててみ。ウチの馬なめたらアカンよ(笑)」
とまあこんな感じなのは佐々木晶三調教師。この人はいつも明るくて前向き。そして間違いなく強気である。頻繁に顔を出すわけではないが、彼がやってくるといつも編集部がガラッと明るくなる。なにをいっても嫌味がないのは持って生まれたキャラクターなのだろう。管理馬もよく走る。
「阪神版と中山版を。はい一部ずつで結構です、ありがとう(爽やかな笑顔)。おっ、村上じゃないか。元気にしてるか。机にばかり向かってないで、またトレセンに顔を出しなさいよ」 ロマンスグレーがピタッと嵌っていていかにも紳士といった感じなのは坂口正大調教師。時々編集部に姿を現すが、いつも優しくひと声かけてくれる。トレセンでは(特に追い日)ナーヴァスな表情を見せることが多いが、これはまあ立場上当然のこと。オフにはオヤジギャグともいうべき駄洒落を連発して周囲を笑わせる。知性とユーモアを兼ね備えた素敵な人物である。
「メインのウチの馬どうかて?動きはええけどいろいろ注文つくタイプ。ブックさんのつけてくれた印ぐらいはやれんか思うけど、どやろな。まあ、走る前から結果判っとったらいまの仕事やめて予想屋やっとるわ。それよりな、人気しとる○○厩舎の馬、あんまりええことないって噂流れてるの、知っとるか?」
これはベテランのX調教師。正攻法で質問しても返ってくるのはクセ球や変化球ばかり。いつも飄々として掴みどころがない。昔はこんな雰囲気の調教師ばかりで苦労したが、だからこそ取材し甲斐があったのも事実。めったに腹を割らない人物から本音を引き出したときは欣喜雀躍。それが馬券成績にも直結した。
「さっき○○厩舎の△△さんが店にやってきて、大丈夫だから馬券買っとけっていうんですわ。あの人が勝てるっていうときはごっつ確率高いんで、思わず新聞を貰いにきたんです。ちょっと買おうかと思ってるんですけど、このレースの相手馬教えてくれませんか」
こんな感じで相談にやってくるのはI君。トレセンの近所にある酒屋で働いている人物である。競馬そのものはそう詳しくないが、いわゆる“勝負情報”には精通している。それも記者が取材に取材を重ねて情報を引き出すのとは違って、関係者が好意で情報を提供してくれるのだから必然的に精度は高くなる。2年ほど前から姿を現すようになり、そのたびに「今週はこの馬がいいって聞いてます」と囁いてくれるようになった。わが編集部でも“今週の酒屋情報”と呼んで彼に注目するようになった。
一時は万馬券を取りまくっていたI君だが、最近は表情が冴えない。新聞を取りにくる回数も徐々に減ってきた。先日顔を出したときに近況取材をしたところ、次のような元気のない返事が返ってきた。
「あきませんわ。最近は囁かれた馬がさっぱりきません。たまに話通りに走ってやったと思っても3連単で相手が抜けたり、馬単買ってハナ差交わされたり。やっぱり競馬ってのは情報オンリーではダメいうこと。もっともっと勉強が必要やいうことなんでしょうね」
何年やっても競馬は難しい。だからこそ熱中できるともいえるのだが。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP