・ラッシュライフ ・アサヒライジング ・グレイスティアラ ・コイウタ ・クリノスペシャル ・プラチナローズ ・テイエムプリキュア ・アイスドール ・フサイチパンドラ ・アルーリングボイス ・ニシノタカラヅカ ・セントルイスガール
11月23日、目覚ましで午前5時55分に起床。すぐに顔を洗って着替えようとしたが、頭が重くて体はだるい。もう一度ベッドに潜り込みたいが、今日は今年最後のトレセンへ行く日。別に最後と決めつけなくてもいいのだが、翌週からは阪神と中京のダブル開催でなにかとバタつく。このままズルズルと予定を先延ばしにしていてはトレセンに顔を出さないまま今年が終わってしまいそう。それで怠惰になりがちな自分自身の気持ちにステッキを数発入れてなんとか早起きを決行したのだ。しかし、それにしても眠い。
6時40分に坂路の調教スタンド4階に到着。途中のコンビニで買ったペットボトルのお茶を胃に流し込みつつ一服。ようやく目がさめてきた頃に各馬が馬場入り。いよいよ水曜朝の調教開始である。一番乗りの段階から著名馬の姿が続々と登場。今朝はなんでこんなにたくさんのオープン馬が追い切るのかと一瞬は不審に思ったのだが、なんのことはない。今週はジャパンカップとジャパンカップダートがある週なのだ。久々のトレセン訪問でそんなことさえ忘れていたのだから、我ながらなんともまあ間抜けにしてお気楽である。 一番乗りのラッシュが終わろうかという時間帯に2頭の併せ馬が坂路を駆け上がってきた。ゴール地点を過ぎて徐々に減速しはじめたときに、向かって右側の馬の乗り手が大きくバランスを崩した。危ないと思った瞬間にその乗り手の姿が馬上から消えた。落馬だ!そう思って席を立ち、通りすぎる馬を確認できる横窓に移動。並足になりつつ坂路の頂上にたどり着いたその馬の姿を見て今度はもっと驚いた。なんと落馬したと思われていたその乗り手は忍者のように馬の左側にへばりついていたのだ。つまり、なんらかのアクシデントで鞍から振り落とされた彼は左の手綱を離さず、右手は鞍の一部か鐙(アブミ)をつかんで真横になって馬の胴体に張り付いていたのである。西部劇や忍者映画でしか見たことのないシーンがそこにあった。そして数秒後、その乗り手は静止した馬から何事もなかったように地上に降り立った。
20年以上も現場取材記者としてトレセンを走り回った私。生来の嬉しがり屋で聞きたがり屋でもあるだけに、そのままおとなしく記者席で他の馬の調教を見続ける訳もない。すぐに4階から下へおりて、坂路コースから上がってきたスーパー忍者ジョッキーに密着インタビューを敢行した。G1をめざす有力各馬の貴重な追い切りを見守るのも大切なことだが、こんな貴重な場面、歴史的瞬間を黙って見逃すことはできない。そう決断したのである。しかし、他の記者連中は誰一人として席を立とうとしなかった。この時点で週末のG1レースの私の馬券は外れていたのかもしれない。
「ああ、おはようございます。えっ、見てたんですか。ええ、追い切りの途中で鐙が外れてしまったんです。でも、これで新しい騎乗スタイルを発見できましたよ(笑)」
危機一髪の状況をなんとか無事に乗り切った直後だというのに、この落ち着きでこの台詞。この騎手の精神力と身体能力は並みのレベルではないと実感した。それとともに、乗り手が体勢を崩したことでバランス感覚が大きく崩れているはずなのに、暴れるようなことは一切せずに自らの意思で減速して人間を守ったまだ馬名の決まっていないこの2歳馬。彼もなかなか偉かった。馬の姿が少ない時間帯で、しかも後続の馬がいなかったというのも幸いだった。踏まれたり蹴られたりすると取り返しのつかない事態にもなりかねないのだから。ふと、調教中に馬の背から落ちて左の鐙だけが外れず、宙吊りのままトラックを10周ほど引きずられて大怪我をした乗り手がいたことを思い出した。馬乗りというのは常に危険と背中合わせなのである。
そして11月26日、土曜日。テレビ観戦だったG1のジャパンカップダートはゴール前で3頭が横一線になって叩き合うなかなか見応えのあるレースだった。写真判定にはなったが、数分後の結果発表を聞くまでもなく私にはカネヒキリが勝っているだろうと想像できた。何故ならば、その馬に跨っていたのが例のスーパー忍者ジョッキーだったからである。ゴールへ入る瞬間だけ愛馬のハナを2センチや3センチ高くするぐらいのマジックは、彼ならいとも簡単にできそうに思えたから。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP