『勝たねばならぬ』
私には、馬券の師匠がいる。09年の天皇賞(春)を12番人気で勝ったマイネルキッツの単勝で大勝負した武勇伝を人づてに聞いたときに心底憧れ、今もなお大きな影響を受けている。単勝一点勝負。配当は4650円。後に聞けば、「めちゃくちゃ自信があった」と言うから、感嘆が漏れた。この先、何年も馬券に関わって行くなら、その感性に一歩でも近づきたいと、常々思っている。師匠は単勝しか買わない。控除率が低いことが第一の理由。配当のゾーンは10倍以上と決まっていて、複勝を押さえないのもポリシーだ。僅かな差の2、3着でも負けと割り切り、次のターゲットを定めて作戦を練り直す。勘が薄れないよう少額の遊びを挟んで機を窺い、的が決まれば、馬の力関係やコンディションの見極めはもちろん、当日の馬場状態、枠順、展開、騎手の心理などの外的要因にも細心の注意を払って勝負に臨む。粘りに粘って新聞片手にオッズとにらめっこ。レース寸前の様子を見届けたうえで「やめる」引き際も知っている。1着にこだわっているから感覚が研ぎ澄まされるのだろうか。去年はWIN5を1点で当てているのを目撃した。配当は2万弱ぐらいだったが、それでも1点はプロの業だと思う。
根っからの馬券好きで情報収集に長け、3場すべてにアンテナを張り巡らせて勝負を繰り返している先輩TMがいる。ポケットから無造作に取り出して見せてくれる有価証券は、先週は私のひと月の収入を超える額だったように思う。財布を持っているところを見たことがなく、福沢諭吉も野口英世も2つ折りでそのまま出てくる。馬券の種類はもっぱら馬連、馬単、ワイドで、3連単とWIN5の話は一切なし。徹底して「(配当が)つくところ」を狙い、走ってしまえば「次は人気やろ」と見向きもせず、せっせと別のレースの「つくところ」に弾を仕込む。関係者から一度いい情報を聞くと、結果が出るまで3、4走は追いかける執着心もこの人ならでは。その頃には人気も落ちるから十分なリターンがあるようだ。資金は潤沢でしかも回っているから、「見送った」とは聞いたことがなくレースの参戦数でいえば、わが社の関西TMでベスト3には入るのではないだろうか。
ところで、先月から4週にわたって“体験入社”で栗東編集部に訪れた現役大学生7人(縁があれば3月末に入社)に質問をしてみたところ、1カ月間で予想に投資する金額(馬券を除く)は650円から3700円までで、大半が1000円から2000円程度だった。無料サイトにアンテナを巡らせて情報を集めて経費を最小限に抑えているようで、新聞社に対しては1場開催分のものを低価格で販売してはどうか、JRAに対してはWIN5を10円単位で売ってはどうかの要望が。なかには、履歴書の趣味の欄に「節約」とある学生もいたから、なるほどシビアなデフレ時代を反映している。「競馬の魅力をいかに伝えていくか」の問いには様々な意見をもらったが、端的に「馬券を当て、配当を得てもらうことが必要である」とあったのが面白い。確かにそう。今の時代、経済的な余裕はそうそうない。サラブレッドは美しく1頭1頭にドラマがあるが、ギャンブルである以上、勝ち負けの争いからは逃れられない。推理した予想が的中して懐があたたまり、資金を回せるから次があるのだ。だから、私は師匠のもとで、先輩TMたちを見習いながら勝負を学ぶ。末永く競馬を好きでいられるように。
栗東編集局 山田理子