『一陽来復』
JRAの開催日程でいえば、前回の1回東京と今回の2回中山の間が、ちょうど冬から春への季節の変わり目。東京戦の終盤あたりから徐々に日差しが柔らかくなると、開催の替わり目には風の冷たさも幾分マシになり、中山戦に入る頃には水も温み出す……。 毎年だいたい、こんな感じで春競馬へと向かって行くわけですが、JRAの開催日程が“曜日基準”である以上、年ごとに季節の感じ方が微妙に違ってくるのは当然の理。12月22日に有馬記念が行われる今年などは、最も早いペースで日程が消化されていることになり、季節の方がなかなか日程に追いついてこないのが実情のようです。例年は春一番と競い合うようにやってくる砂の王者(フェブラリーS)も、今年は身を切るような寒風の中での戴冠。そして、春を告げるはずのこの中山開催も、底冷えするような寒さの中での開幕となりました。
8歳早春、4年ぶり2度目の中山記念制覇を飾ったローエングリン。後藤ジョッキーは同馬に1年9カ月ぶりでの騎乗だった。
▼厳しい余寒の中で…… ところで、今から6年前の2007年も全日程の終了が12月23日。今年と同様、ハイペースで開催が進んだ年で、この2回中山開催もやはり、厳しい余寒に見舞われてのスタートでした。どれだけ寒かったのかというと、開幕を飾った中山記念当日(2月25日)、船橋市の最低気温は何と氷点下1.5℃。最高気温の方も6.0℃止まり。まさに真冬並みの寒波の中、その中山記念を制したのがローエングリンでした。 ローエングリンはこの時すでに8歳。6年間の長い競走生活でこの中山記念が最後の勝利でしたが、多くの競馬ファンには、「この馬のことがずっと好きだった」そして、「先生に恩返しができた」と声を詰まらせながら語った後藤ジョッキーの勝利騎手インタビューが強く記憶に残っていることと思われます。 そのローエングリン、3歳時に古馬に挑んだ宝塚記念でダンツフレームの3着に健闘、翌年春にはG2を連覇して、安田記念ではアグネスデジタルの3着。その後の仏遠征では海外G1制覇にあと一歩まで迫り、暮れの香港マイルでも3着。ビッグタイトルには届かなかったものの、4歳を終えた時点では順風満帆といえる競走生活でした。しかし、前途洋々に思えた競走生活はそこから徐々に険しい道程に。以降、6歳春のマイラーズC勝ちを除くと、思うような結果を残せないまま迎えたのが、この8歳春の中山記念でした。
▼隔年制覇の最長期間記録 2カ月半のブランク明け、当日は伏兵の域を出ない6番人気という低評価だったローエングリン。しかし、久しぶりにコンビを組んだ後藤ジョッキーの手綱で全盛期のロケットスタートが甦えり、難なく単騎逃げに持ち込んで1000m59秒5のひとり旅。好手応えのまま直線に向くと、詰め寄ってきた1番人気のシャドウゲイトをアッサリ振り切って、最後は同厩のエアシェイディに“オイデオイデ”の1馬身1/4差。まさに完勝といえる内容で中山記念2度目の勝利を掴んだのでした。ちなみに、ローエングリンの最初の中山記念優勝は5歳時の2004年。それから4年後となる8歳時の2007年に同レース2勝目を挙げたことになります。鞍上の後藤ジョッキーにとっても感慨深い勝利でしたが、ローエングリン自身にとってもこれは記録に残る勝利。ヒダカハヤトのカブトヤマ記念(90、94年。現在の表記で3、7歳)に並ぶ、同一重賞隔年制覇の最長期間記録となったのです。
▼春を呼ぶ復活劇 もとは中国古典の易経からくる“一陽来復”という言葉。寒い冬が終わって春になること、悪いことが続いた後によいことが訪れること、そんな意味が込められた言葉ですが、長いスランプに苦しんだ末、厳しい寒さの中で勝利を掴んだローエングリン。その勝利こそ、まさしく春を呼ぶ“一陽来復”の復活劇だったといえるでしょう。 ただ、この復活劇ですべてのエネルギーを使い果たしたかのように、ローエングリンのその後は完敗の繰り返し。同年秋のマイルCSでは優勝したダイワメジャーから離されること5秒3、17着のピカレスクコートからも3秒遅れてのシンガリ入線。この一戦を最後に現役を退くこととなりました。
●ローエングリン全成績
▼歌劇は終わらない さて、そのローエングリンに再び陽が当たったのは、現役引退から5年後となる昨年の暮れのこと。2歳王者決定戦の朝日杯フューチュリティSで産駒のロゴタイプが優勝、ゴットフリートも3着に入り、種牡馬ローエングリンの評価は一気に高まることとなりました。ゴットフリートは続く共同通信杯でも2着、ロゴタイプもスプリングSに向けて調整が進んでおり、この春、2世代目となるこれらの産駒の活躍が本当に期待されます。 ローエングリンの馬名の由来がワーグナーの歌劇『ローエングリン』であることは広く知られていますが、その登場人物の1人がゴットフリート。悲劇のヒロインの弟であり、公国の世継ぎでもあるそのゴットフリートが正体を現したところでワーグナーの歌劇には幕が引かれます。しかし、競走馬ゴットフリートの出現は新たなストーリーの始まりを予感させるもの。2歳王者のロゴタイプともども、この春に果たしてどんな走りを見せてくれるか注目したいものです。
美浦編集局 宇土秀顕