ディープインパクト(牡3歳、鹿毛、栗東・池江泰郎厩舎)は新馬、若駒Sを連勝。初戦は2着に4馬身、2戦目は5馬身の差をつける楽勝劇を演じた好素質馬である。どちらもが後方追走から直線だけで一瞬に抜け出し、ゴール前では手綱を抑える余裕を見せた。そして、その2レースの上がり3ハロンの推定タイムが、それぞれ33秒1、33秒6というのだから凄い。時計の出やすい春夏の新潟開催や勢いで突っ走る短距離戦ならともかく、冬場の関西の芝2000m戦で上がり3ハロン33秒台で走れる若駒などそうそうはいない。
おぼろげな記憶をたどってみると、4年前の皐月賞馬アグネスタキオンが2000年12月2日の阪神の新馬戦2000mで上がり33秒8の脚を使って勝っている。明け3歳のリードオフマンも去年秋に33秒9の脚を使って新馬勝ちしたが(勝てなかった組にも33秒台の脚を使った馬はいたが)、これは極端に時計が速かった秋の阪神の開幕週での記録。結論として、冬場の芝2000m戦でデビューして、そのレースで上がり33秒台の脚を使って勝った馬はアグネスタキオンとディープインパクトしかいないと思える。タキオンは2走目のたんぱ杯をも楽勝したが、そのときの上がりが34秒1。一方、インパクトは前述の通り33秒6の脚を使って2戦目の若駒Sを制した。つまり、レースで使った上がり3ハロンの脚の比較だけで軽薄に決めつけると、ディープインパクトは最低でも無敗で皐月賞を勝ったアグネスタキオン(皐月賞を勝って4戦4勝のまま引退)と同格かそれ以上の潜在能力の持ち主ということになる。
「長い調教師生活を振り返ってみても、これほど凄い瞬発力を持った馬に巡り合ったことがない。筋肉はまるでテニスボール(軟球)みたいだし、脚さばきの柔らかさ、軽やかさには驚かされてばかり」(池江調教師)
「最近はどこへ行っても誰に会っても、ディープインパクトってどんな馬?って聞かれます。もちろん、とても期待している雰囲気を持った馬ですよって答えています。まだ調教で一度も目一杯に追ったことがなくて、実戦で一度もステッキを入れたことがないんですよ」(武豊騎手)
調教師、騎手ともに相当な手ごたえを感じ取っている様子で、不安らしい不安はなにひとつなさそうだが、勝負の世界に生きる人間なら敵や周囲に弱点を明かさないのは当然のこと。戦う前から周囲を威圧して相手に諦観を抱かせるのもひとつの戦法なのだから。
そこで、独断でこの馬の欠点を推理してみると、まず浮かび上がってくるのが気性面。後方待機から桁の違う脚を使って直線だけで他馬をゴボウ抜きにする芸当は、それはそれで派手だが、好位差しの正攻法でレースを運べないという点に気性的な問題を感じる。2走ともにボコッという感じの遅いスタートを切って後方からのレースをしているが、軽く仕掛ければいい位置を取れるだけのスピードがあるはずなのに、後方で我慢を続ける武豊。その心理を裏読みすると、中途半端に仕掛けるとガツンとハミを取って突っ走ってしまいそうな気性の激しさがあるのではないか。そうだとしたら、長距離輸送をはさむ関東遠征、そして厳しい流れになったときのダービーあたりでは精神面のもろさを露呈する可能性がある。
もうひとつの不安点を挙げるとすれば、姉レディブロンド(03年秋の引退時に、このコラム『107日の競走生活』で取り上げた)、兄ブラックタイドの名前を出せば判ってもらえるかと思うが、この血統は素晴らしい潜在能力を持ちながら、体質の弱さがあって数を使えないまま引退する馬が多いということ。そんな血統背景を熟知しているからこそ、関係者は冷静にして慎重なコメントを繰り返しているのではないだろうか。繊細にして華奢なサラブレッドとともに生きる人間たちには気の休まるときがない。
馬房で見る限りのディープインパクトは、その表情、仕草ともにあどけない少年のままだ。あれこれ勝手な想像を巡らせてはみたが、この馬にはとにかく無事で競走生活を完結して欲しいと願う。沈滞するJRAを救えるのはスーパーホースの出現しかない。そして、今年の3歳でスーパーホースになり得る存在がいるとしたら、それはディープインパクトをおいてはほかにいないと思えるから。 |