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「そこ歩いとる、たまにしかトレセンへけえへん、え〜となんやったっけ、胡散臭いやなくて、危ないやなくて……、そうや、怪しげなオッサン。帽子で変装してとぼけとるけど、正体丸見えやで。俺の取材できたんやろけど、忙しいからあとにしてや、あとに」
声がする方向を振り向かずとも、その声、独特のタメ口から相手が高田潤騎手だとすぐに判る。久しぶりにトレセンにやってきたところ、いきなりこの場面。以前にもあったような、なかったような……。一瞬はデジャ・ヴュ(既視体験)かとも考えたが、思い起こしてみると、この状況は昨年6月のこのコラム“新データで的中率アップ”の出だしとほぼ同一。どうやらあの原稿を目にした潤が、意図的に当時を再現しているのだ。
「あれから一年が過ぎたのにあまり成長してないな、潤。私と会うたびにそんなアホなことばかり言ってないで、夢をつかむためにも、自分を高めるためにも、もっと仕事に打ち込めよ、仕事に。それが若者のあるべき姿なんだから」
気がつくと口がひとり歩き。昨年同様に中年オヤジらしいクドクド説教を再現していた。どうやら、成長がないというのは、他人に対してよりも私自身に向けるべき言葉なのかもしれない。
今回のトレセンでは何人かの懐かしい厩務員さんと出逢った。五十嵐忠男厩舎の山田幸守さんはあのテンポイントの担当者。当時の彼は超有名人だったため、新米だった私は声をかける勇気もなく、一ファンとして見守るだけだった。馬を引くその姿は相変わらず毅然としている。須貝彦三厩舎の倉見鎮さんはハギノトップレディとのコンビで大活躍した人。68歳になったいまも補助員として日々馬の世話をしており、長身で背筋がピンと伸びた姿は年齢を感じさせない。伊藤雄二厩舎の小本真澄さんは腕達者で知られるベテラン。この人からは馬の見方、競走馬の疾病の種類、取材者としてのエチケット等、様々のことを教わった。担当馬のことを細やかにして愛情たっぷりに語る様子は昔となにひとつ変わらない。
ここ数回のトレセン訪問は漫然と歩き回って世間話をしただけ。これではいかんと今回はテーマを決めての出勤。2月いっぱいで定年を迎える坪正直調教師に最後の挨拶を済ませ、弥生賞、チューリップ賞の主役ディープインパクトとディアデラノビアの1週前追い切りも観察。懐かしい顔にも出会えて、久しぶりの充実した水曜日の朝だった。しかし、このままで無事に完結しないのが私の日常。駐車場に向かう途中のある厩舎の前で春一番に遭遇。突風に飛ばされた帽子を慌てて追いかけたところ、私の突然のUターン&猛ダッシュに驚いた周囲の運動中の若駒2頭が立ち上がって暴れた。
「トレセンの事情にあまり慣れてないようやけど、馬が運動してる横で走ったり暴れたりされたら危ないんですわ。見ての通りで、ちょっとしたことが事故につながりかねません。今日は大事には至らんかったからええけど、これからは気いつけてくださいよ」
馬上の声は馴染みのない20代半ばの若手調教助手。周囲の馬たちは牧場からきたばかりの2歳馬のようで見るからにあどけない表情だが、私を見る目が猜疑心に満ちている。こんな若い仔たちに怪我をさせなくてよかったと安堵しつつ軽率な行動を謝罪したが、偶然通りかかった某騎手が笑みを浮かべながら突っ込んできて、この発言がなんというか、まあ、結構キツかったのである。
「だいたい、たまにしかトレセンにこない。その割に妙なところでだけ目立つ。だからこんなことになるんです。いい機会だから今年は最低12回、つまり、月1回はトレセンに顔を出すこと。いいですね。そうでないと、トレセンの事情を知らない怪しげなオッサンにされてしまいますよ。いや、若い世代には、すでにそう思われてるみたいですよ。時代は刻々と変化してるんですから」
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競馬ブック編集局員 村上和巳
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