・チアズガディス ・リザーブカード ・ディープアイ ・アドマイヤカリブ ・シルクドラグーン ・モエレジーニアス
年に1回訪れる憂鬱な定期検査の日。レントゲン撮影、内科検診、血液検査……とメニューをこなしていくなかで、もっとも嫌なのが胃カメラ(内視鏡検査)。この検査のために前日午後8時以降は固形物はもちろん水分も一切摂取できない。だから前夜は酒も煙草も厳禁。12時間以上も胃を空っぽにするだけでもストレスがたまるのに、検査直前になるとやれ胃の泡を消す薬だの喉の麻酔をする薬だのとわけのわからないものを次々に飲まされて情緒不安定。完全に怯えている私。まるで診療所で治療を受ける馬たちの気分である。そんな精神状態のときに登場するのがこの胃カメラで、口から食道を通って胃に至るまでのプロセスにおいて連続して嘔吐感が続く(個人差はあるが)のは上記の通り。そのために胃を空っぽにしておくことが必要なのだ。
毎年胃カメラと戦っていると、それなりには慣れてくる。最近は「はい、いま胃の入り口に到着です。画面の右下に少し色の違う突起物があるのが判りますか?あれがあなたのポリープです。去年と比べて大きさも形状も変わっていません。いまのところは問題ないでしょう」と医者が説明する。それに従ってモニターを見つつ涙を流し続ける私。この頃には嘔吐感が多少はおさまって比較的冷静さを取り戻しているが、精神的にはすっかり疲弊しきっている。こういった内視鏡検査は競走馬の診察にも大いに活躍している。繁殖牝馬の子宮内を映し出して妊娠しているかどうかを確認したり、消化器官の様子をチェックすることで健康状態や精神状態(ストレスが蓄積していないかどうか)を調べるのに有効なのだ。以前のこのコラムで競走馬の70パーセント以上に胃潰瘍の症状があると書いたが、そんなデータも内視鏡検査ができればこそ。
今回の検査で私が大事に育成している(?)胃のポリープについては問題なかったが、新たに引っかかったのが心臓。“不整脈”は少年時代からの友達だが、いろいろややこしい症状が出てきて再々検査となった。後日になってこの話を会社の人間にしたところ「嘘やろ、心臓に毛が生えてますっていうんやったら判るけど、村上が心臓弱いなんて信じられへん。また新ネタつくって笑わそうとしてるんちゃうか」と誰一人信じない。普段が普段だから、まあ、それはそれで仕方ないとして、以下は医者と私のやりとりである。
医者 「ご存知ないかもしれませんが、トレッドミルというのがあるんです。まあ動く歩道みたいなもんでして、その上であなたにランニングしてもらって、直後に心臓の様子をチェックするということになります。そう大きな負担はかからないと思いますから」
私 「その昔、エイシンワシントンという馬がいましてね。まあ凄いスピードがありました。それがよくトレッドミルを利用してクールダウンしたり午後運動の代わりをしたりしてたんですよ。あの上を走るんですか。なんだか競走馬になったみたいでなかなか楽しそうですね」
医者 「…………、(怪訝そうに)、それともうひとつ。ご存知ないと思いますが、心電図を測定する機械があるんです。そう重いものではありませんが、それを丸一日体に装着してもらいます。汗をかいてもお風呂には入れませんから、その点についてはご了承ください」
私 「ああ、あの心電図測定器ですか。心房細動明けの競走馬がよくそれをつけて調教しているんですよ。当然、馬のものよりは重量が軽いものになりますよね」
医者 「…………、(憮然としつつ)、馬のことは私にはよく判りませんが、まあ、ひとつよろしく。ところで村上さん、過去のカルテを見るといつも月曜日に診察を受けにきています。週末の過ごし方になにか問題点はありませんか。土日になるとストレスがたまるとか、キツいダメージを受けることがあるとか……」
私 「いやあ、その、なんていうか、たまたま月火が休日なもので……。土日に馬券でやられて胃が痛くなるなんてことも、たまには……、まあ、よくありますが、それはそれで、結構いい刺戟にもなっていて……。それも含めての私の仕事でして、サラリーマンなんて、みんな、いろいろ問題を抱えてるもの。土日に耐え難い苦労があるわけでもないし、まあ、好きでやってることで……、大丈夫です、はい(汗)」
競馬に対する知識は一切ないという担当医。当初はのらりくらりと会話して私のペースに巻き込んだが、最後の「土日になるとストレスが……」の鋭い突っ込みにすっかり浮き足立った情けない私。こうなったら三十余年研究を続けている馬券必勝法を完成させて、早く週末に心の平安を取り戻すしか手はなさそうだ。 競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP