・キングストレイル ・アサクサデンエン ・ストーミーカフェ ・スズカマンボ ・リンカーン ・ハーツクライ ・ホオキパウェーブ ・サンライズペガサス ・スイープトウショウ ・ゼンノロブロイ ・タップダンスシチー
「もっと太ってるかと思ってたって? なかなか太ってる暇がないんだよ(苦笑)。今年の2月頃はもっとガリガリだった。開業準備が大変だったし、あれこれ考えることも多かったしね。騎手の頃は成績が上がろうが下がろうが、自分だけの問題。あくまで個人の責任で済んだからその意味では気持ちが楽だった。でも、調教師になるとなにからなにまで全然違う。馬の仕入れから調教から、全部自分で考えてやっていかないといけない。結果についても、個人の責任だけでは済まない。スタッフがいてこその厩舎だし、彼らのこともきちんと考えてやらなくてはいけない。ここまではなかなか思うような結果を出せていないけど、まあ焦っても仕方のないこと。腰を据えてじっくりとやっていくよ」
トレセンで久しぶりに河内洋調教師に会った。騎手をやめて1年、2年と時間が過ぎるにつれて、たいがいの人間は太ってくる。減量の必要がなくなって食事制限から解放されることがその理由なのだが、調教師として厩舎を開業して半年以上が経過したというのに、彼の体つきは昔とほとんど変わっていない。そして、変わらないのは話し方も同様である。その口調には落ち着きがあって言葉を選ぶのも実に慎重。特有の思慮深さが滲み出ている。僅か10分ほどの会話だったが、懐かしかった。 競馬サークルでは“騎手として実績を残した人物は調教師としては大成しない”というジンクスめいた考え方が定着している。人気ジョッキーとして一時代を築き、名誉も地位も手に入れた人間たち。そんな彼らが調教師として一から人生をやり直す場合、そのプロセスにおいて新たな目的意識を抱きつつ若者の頃のようなひたむきさを取り戻せるかどうか。一旦は人生の勝ち組となった彼らが泥だらけになってもう一度、人生の出発点に立てるのかどうか。そういうことも大きな比重を占めるのだろう。
リーディングトレーナー部門で常に首位争いをしている藤沢和雄調教師は調教助手出身。近年で調教師として結果を出してきた人物を探ってみると、橋口弘次郎、森秀行といった人物は調教助手出身であり、伊藤雄二、山内研二の両調教師は騎手OBだが、どちらも騎手としては華々しい成績を残したとはいえない人物である。つまり、調教助手として縁の下で競馬を支えてきた人間か、騎手として目立つ成績を残さなかった人間が調教師に転身して結果を出しているのだ。このデータはなかなか興味深いが、だからといって、騎手から転身した人間たちには多くを期待できないと言い切る気持ちはない。個性派騎手として名を売った小島太調教師(私が現場取材記者の頃にはかなり手玉に取られたが―笑)などは実に意欲的に活動している。そんな騎手OBたちの姿を見ると思わず応援したくなるが、これは現場を走り回った人間特有の感覚なのかもしれない。
「村上さん、内勤になってもう何年になるんかな? 机に向かってばかりの内勤の生活リズムってのも、それはそれで大変やないか。しんどくなるようなことがあったら、まあ、トレセンに馬でも見にくれば気分も変わるんやないかな。お互いに、もうそう若くはない(もちろん私の方が年長)けど、まだまだ老け込んではいられん世代やもんな」
先日、松永幹夫騎手が調教師の一次試験を受験したと聞いた。新たな人生に挑戦しようとするその視線の先には河内調教師の存在がある。そして、他の後輩騎手たちも彼の背中を見ながら日々を生きているはずである。騎手たちだけではなく、我々競馬マスコミもファンも河内厩舎には大いに注目している。単にこちらの質問に答えるだけではなく、取材者の思惑や個人的な立場までさりげなく気遣える河内調教師。そんな彼だからこそ“騎手として実績を残した人間は調教師としては大成しない”というジンクスを打ち破る成績を残してくれるんじゃないかと期待している。G1を勝ったらすべての予定をキャンセルしてでもインタビューに飛んで行くつもりでいるので、そのときは渋い裏話でも聞かせて欲しい。お願いしますよ、河内さん。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP