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『なんと懸賞後出し!郵便局員逮捕』−この見出しが新聞紙面に躍ったのは数週間前。岩手県のある郵便局の職員が有印公文書偽造、及び同行使未遂で逮捕されたのだ。これだけの文章ではなにがなんだか判らない。順を追って説明すると、ある会社が今年の宝塚記念の着順を3連単で当てるクイズを企画。応募葉書の締め切りをレース前日の6月25日(土)の消印まで有効とした。ところが件の職員は休日の26日の夕方に担当外の仕分け作業のエリアをウロウロ。な、な、なんと周囲の目を盗んで持ち込んだ葉書を仕分け棚に混入しようとしたのである。その葉書には当然のように宝塚記念の1〜3着の馬名が正確に記されており、消印も6月25日になっていたという。今年の宝塚記念といえば3連単17万8840円という大波乱。その職員は賞品を独り占めしようとして寸前で捕まったのだった。
競馬は自分で推理してこそ、そして読み切って的中してこそ“やっぱり俺は天才”というあの独特の快感を味わえる。結果が出てからこっそり葉書を混入するなど、健全な競馬ファンとしては許すまじき卑劣な行為である。絶対に許せん、絶対に……といいつつもちょっぴりこの職員の気持ちが判ってしまう私。あ〜あ、我ながらなんとも恥ずかしい。そう思いながらも自分の身に置き換えてみるとこれがまた情けない。競馬の結果が載った月曜日の新聞が一日早く手に入らないかとか週刊競馬ブックが1週先のレース結果を掲載してないかとアホなことを考えたことがこれまでに幾度あったか。貧しさと戦い、打たれても打たれてもひと晩眠ればもう翌週の勝ち馬を探しているこのお気楽人生。髪は白くなっても本質はなにひとつ変わらない。
こんな私でも一瞬だけ競馬の予言者だったときがあった。馬券の天才だったときがあったのである。いまから30年ほど前のある日曜日の早朝。1番と7番の馬が激しく叩き合うゴール前のシーンで夢から醒めた。その日は3歳の重賞がメインで、しかも私の狙い馬が人気薄の7枠7番だった。迷った挙句に買う予定のなかった成績の悪い1番を加えて馬券を購入。結果は7→1で決まって万馬券。枠番連勝オンリーの時代とあってめったに的中できない万馬券を楽々ゲット。その夜はミュージシャンの卵や学生たちといった貧乏な仲間を連れて飲み歩いた。そして早々に財布は空になった。
もうひとつの話もいまから20年以上前のことになる。ダービーを観戦した私は8着に敗れた一頭の鹿毛に魅かれた。鋭さこそないが重厚さを感じさせるその肢体に惚れ込み、関西へ帰ってすぐに「菊花賞を勝つのはこのM」と周囲の知人たちに宣言した。しかし、秋になってもそのMは成長した様子がないまま京王杯AH、セントライト記念、京都新聞杯と完敗続きで、菊花賞当日は21頭立ての14番人気にまで落ち込んでいた。単なる直感と血統だけでその馬が菊花賞馬になると軽薄に宣言した私。その言葉を撤回したい気持ちと戦いながら当日は意地でMの単勝を購入したところ、なんとその馬券は見事に的中した。この話は友人たちの間では「生涯ひとレースだけの予言者」「人生最初で最後の大ヒット」と語り草になっている。もちろん、その日も仲間たちと飲み狂い、ひと晩にしてもとの貧乏生活に戻ったのはいうまでもない。
それからは夢を信じて馬券を買っても外れてばかり。この馬で決まりと自分の感性を信じて勝負に出てもめったに当たらない。Mもその後は一度としてG1を勝つことがなかった。自分が凡人であると改めて知るのにそう時間はかからなかった。だのに……、いざ馬券を買う瞬間になると当時の甘美な記憶が甦る。あくまで推理でしかなかったものが確信に変わり、そして推理したレース結果が確定未来にさえ思えてくるのだ。こうなったらもう完全に病気。パンチドランカーならぬ馬券ドランカーになっているのである。
先日、東京で会議があった。日程調整をして府中で天皇賞を観戦。昼過ぎのレースで資金を増やし、気が変わらないうちにとその資金を女傑スイープトウショウの単勝につぎ込んだ。夢を見たからでも予言をしたからでもなく、スイープトウショウがいちばん強いと思ったから。しかし、その馬券は彼女が馬場入りして動かなくなった時点で外れていた。その姿は単に機嫌を損ねて動かないというよりは強い意志で走るのを拒否しているように思えたから。現場に行くと返し馬を見てからキャッシュで馬券を購入するのが私のスタイルだが、その日は携帯電話で馬券を早目に購入していた。入場人員が14万人を超えたためか携帯電話がつながらなかったダービーを教訓に早めに手を打ったのだが、これが裏目。最近は運までもが私を見放している。
そしてエリザベス女王杯。馴染みの佐藤淳調教助手が可愛がっているハルちゃんことオースミハルカから馬券を勝負。気性が激しくてなかなか思いどおりに調整できないこの馬が過去にないほど加減せずビシビシ追っている姿に確信を抱いた。中1週の強行軍だったスイープトウショウももちろん押さえた。直線を向いた時は逃げたまま後続を突き放すオースミハルカに痺れた。そして、これで馬群からスイープトウショウが抜け出せば万全と思った刹那、期待通りにスイープが視界に飛び込んできた。待ちに待った瞬間、めくるめく瞬間。まさに至福のときだった。
女王杯が終わってしばらくの間、私は腑抜けになっていた。そして、いままで贔屓にしていたスイープトウショウがちょっぴり嫌いになっている。これ以上の説明は不要だと思うが、女王杯で私が購入した馬券は1着オースミハルカ、2着スイープトウショウの馬単だけだった。人生54年、競馬をはじめて30年以上が経過しているというのに、馬券道はいつも険しく厳しい。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP