村上 「久しぶりだけど、まずはおめでとう。ガッツポーズでもしてたんじゃないか?」
秋山 「いえ、テレビで各馬の着順を確認して、ああ、優勝したんだって思ってたところ。周囲のみんなが応援してくれるのは嬉しいんですが、早くからもう優勝が決まったみたいに言うので……。このシリーズではこれまでにもいいところまでいきながら最後はダメ。半ば諦めていたのでホッとしています」
村上 「レースにたとえると早目先頭から押し切るパターンだったけど、勝ったサクラオリオンの函館記念なんかは、うまく内にもぐり込んだものの直線はずっと外に馬がいて動くに動けない形。あそこで出せなかったらこの優勝はなかったもんな。いま考えてもうまく外に持ち出せたよな、あの位置から」
秋山 「自分でもどうやって勝ったかはっきりとは覚えていないんです。気がついたら抜け出して勝っていたというのが実際のところ。馬が強かったっていうのがいちばんでしょう」
9月13日(日曜日)、午後4時前。月曜発売の週刊競馬ブックの作成準備で多忙にもかかわらず、時間を割いて携帯電話を握っていた。セントウルSの着順が確定して今年のサマーシリーズの全日程が終了。他の上位騎手の猛追を僅か1点差で凌いだ秋山真一郎騎手が優勝ジョッキーとなったため、祝福&取材申し込みの電話を入れた。例によってクールな真一郎は淡々とした応対。会話の内容を再現してみるとむしろ私の方がはしゃいでいるのだから困ったもの。彼もきっと「幾つになっても無邪気だよな、このオッサン」と思っていたことだろう。それにしても優勝決定当日が騎乗停止期間中だったというのも珍しいケースではある。
このコラムに何度か登場している彼はデビュー時から思い切りのいい騎乗が光っていた。とりわけ追い込み馬に乗ったときの手綱捌きは絶品。追い込んで7、8着が精一杯の馬でも彼が跨ると別馬のような切れ味を発揮した。騎手としての資質は間違いなく一級品だったが、レースを見る限りでは物足りない部分もあった。他馬を競り落としてでも、そして馬込みをこじあけてでも勝とうとする気迫や執念といったものが伝わってこなかったのである。その背景には他人を押しのけてでも勝とうとする勝利至上主義とは対極の彼独特の美意識があったように思える。勝負の世界に生きる騎手にもいろんなタイプの人間が存在するのだ。
あれから数年、最近は真一郎の騎乗スタイルが微妙に変化している。相変わらず差し、追い込み馬を御す技術は秀でており、ガツガツせず無欲な基本姿勢は変わらないが、自己主張すべき場面ではそれなりの厳しい動きを見せるようになっている。週刊競馬ブックの騎手成績欄にある彼の“連対時の脚質”(9月13日終了時点)を調べてみると(6・21・21・7)。つまり、逃げ、先行での連対数が27回、差し、追い込みでのそれは28回。この数字からどんな脚質の馬でもコンスタントに結果を出していることが判る。私個人はこのバランスの良さがトップジョッキーになるための必要条件と考えており、自分でレースをつくるという意味でもう少し逃げ、先行で結果を出して欲しい気はするが、彼はひとつの壁を乗り越えたと言えるのではないか。
サマージョッキーズSの優勝騎手には賞金100万円と暮れの阪神で行われるワールドスーパージョッキーズシリーズ(WSJS)への出走資格が与えられる。会話の最後に「WSJSも乗れることになったから、残るはG1のタイトルだけ」と振ったところ、「それがコンプレックスになってて……」と弱気な言葉が返ってきたが、この優勝をステップに秋のG1シーンでも彼らしい切れのある手綱捌きを見せてくれることを期待している。なお、週刊競馬ブック9月28日発行号で『秋山真一郎騎手インタビュー』を掲載するのでファンの方はぜひご覧いただきたい。なお、貼付写真は取材に立ち会った私が親子ほどの年齢差を無視して嬉しがってツーショットをお願いしたもの。幾ら年齢を重ねてもこの軽薄な本質(ミーハー)に大きな変化はないようだ。
競馬ブック編集局員 村上和巳