『春まだ浅いインパクト』
発売中の週刊競馬ブックでも少し触れたように、この世代のクラシック戦線はちょっとした異状あり。きさらぎ賞が終わった時点で、ディープインパクト産駒に重賞勝ち馬がまだ現れていない。きさらぎ賞といえば、昨年はワールドエース、一昨年はトーセンラーと過去2年連続してディープインパクト産駒が勝った。ワールドエースは皐月賞2着、ダービー4着、トーセンラーは菊花賞3着。いずれも勝てないまでもクラシック本番で上位に食い込んだ。ところが3頭が出走した今年はインパラトールが左肩跛行のため出走取消、1番人気リグヴェーダは8頭立てのしんがり、2番人気ラストインパクトは6着に終わっている。
この世代から、中央ではそれまでより2週早く6月の初めから新馬戦が始まるようになった。最初にデビューしたのは6月2日のラウンドワールドで、初勝利も同馬の6月24日の未勝利戦だが、新馬勝ちは8月5日、札幌のアドマイヤオウジャが最初。同日新潟の新馬戦でもローザズカレッジが勝ち上がるが、初年度産駒が6月に、2年目も7月末には新馬勝ち馬が出ていたのに比べると遅い。もちろん、クラシックに向けての戦力温存という戦略はあるにせよ、同時にクラシックを狙える素材は早目に勝ち上がらせて、できればクラシック出走が確実な賞金を確保してひと息入れるという考え方もあるので、全体的に見ると立ち上がりで遅れた感がある。結局、2歳戦ではラウンドワールド(コスモス賞)、インパラトール(萩S)、キズナ(黄菊賞500万)、ディアマイベイビー(白菊賞500万)、アドマイヤオウジャ(万両賞500万)の5頭が2勝を挙げたが、重賞ではラウンドワールドの札幌2歳S2着、アユサンのアルテミスS2着、キズナのラジオNIKKEI杯2歳S3着が目につく程度。ラジオNIKKEI杯2歳Sをダノンバラードが勝った初年度産駒、ジョワドヴィーヴルが阪神ジュベナイルフィリーズに、アダムスピークがラジオNIKKEI杯2歳Sに勝ってクラシック候補を確保していた2年目に比べると層の薄さは否めない。年が明けると紅梅Sをレッドオーヴァルが快勝し、これは桜花賞候補と呼んでいい内容だったが、牡馬ではカミノタサハラが500万の平場に勝ったのみ。得意のきさらぎ賞でも前述の体たらくであるから、現状を見る限りかなり深刻な事態といえるのではないだろうか。
種牡馬が3年目に成績を落とすケースは少なくない。種牡馬入りから産駒がデビューするまでは4年かかるので、3年目に印象が最も薄くなってしまうせいもある。事実、ディープインパクトも初年度から種付け頭数は215→232→171と推移して、量としては減っている。それでも、171頭なら減ったとはいっても十分な数も質も確保できていたと考えられる。
ここで、ディープインパクトの父サンデーサイレンスの産駒の世代ごとの成績を振り返っておきたい。初年度産駒からは朝日杯のフジキセキが出たほか、皐月賞のジェニュイン、オークスのダンスパートナー、ダービーのタヤスツヨシを送って、あわや春のクラシック独占かという大活躍を示した。2年目にはバブルガムフェローが朝日杯に勝ち、クラシックもイシノサンデーが皐月賞を制し、ダービーを勝ち損ねたダンスインザダークは菊花賞に勝った。問題の3年目は、2歳戦(当時は3歳)で2勝を挙げたのが赤松賞のタイフウジョオーのみ、世代初めての重賞勝ちはオレンジピールのクイーンC(1月26日)という出足の鈍さで、結局上半期はオレンジピールがチューリップ賞とオークストライアル・4歳牝特の重賞2勝を上積みし、ビッグサンデーがスプリングSに勝つにとどまった。ほかにオープン特別のスイートピーSに勝ったエアウイングス、プリンシパルSに勝ったサイレンススズカがクラシックに出走を果たしたが、それぞれ結果は出せずに終わった。この1997年のクラシックはブライアンズタイム産駒のサニーブライアンが皐月賞とダービーの2冠を得て、桜花賞はダンシングブレーヴ産駒のキョウエイマーチ、オークスはメジロライアン産駒のメジロドーベルが勝った。秋になってもサンデーサイレンス3年目産駒の出番はなく、秋華賞をメジロドーベルが、菊花賞をクリスタルグリッターズ産駒のマチカネフクキタルが制した。クラシック以外ではタイキシャトルがマイルチャンピオンシップとスプリンターズSで古馬勢を圧倒し、有馬記念もシルクジャスティスが勝ったので、サンデーサイレンス不在ながら強い世代といえるだろう。
古馬になって大活躍したサイレンススズカとステイゴールドという大物が出たこの世代が谷間ということは決してないのだが、1997年クラシックでサンデーサイレンスが沈黙したのは事実。初年度の1992年生まれからラストクロップの2003年生まれまですべてG1級勝ち馬が現れたサンデーサイレンス産駒にあって、3歳のG1勝ち馬がいないのは、唯一1994年生まれのこの世代だけだ。1999年生まれにも日本の芝クラシック馬は出なかったが、オーストラリアで生まれたサンデージョイがAJCオークスに勝ち、ゴールドアリュールがジャパンダートダービーとダービーグランプリに勝っている。2003年生まれも3歳限定G1勝ちはないが、フサイチパンドラがカワカミプリンセスの降着による繰り上がりでエリザベス女王杯に勝ち、3歳馬によるG1勝ち記録をひとつ伸ばした。サンデーサイレンスの場合は初年度77頭だった種付け頭数が、2年目84、3年目99と量的には伸びていっている中でのこの結果なので、「3年目の不振」は合理的な説明を探すより、不思議なジンクス程度に捉えておいた方がいいのかもしれない。
さて、今週の共同通信杯にはラウンドワールドとマイネルストラーノ、ヘルデンテノール、クイーンCにはオーキッドレイとサトノフェアリーの登録がある。これらディープインパクト産駒のいずれかがあっさりと勝つのか、あるいはずるずると重賞未勝利のままクラシック本番を迎えるのか、野次馬として興味深いところではある。
栗東編集局 水野隆弘