・レクレドール ・ショウナンパントル ・ウイングレット ・オースミハルカ ・アドマイヤグルーヴ ・マイネサマンサ ・スイープトウショウ ・ヤマニンアラバスタ ・エアメサイア ・ライラプス
「今週の“最終一発逆転”はニューフェイス登場です。競馬ブックの誇る気鋭・村上和巳さん、入社2年目の若手で厩舎回り担当。今年の春から新聞紙面上でも予想をされています。さて、村上さん。今日の最終レースですが、A、B、Cの3頭が人気しています。でも、それはファンの皆さんも十分ご承知のこと。フォーカスが人気のA、B、Cの三点買いでは面白くありませんよね。ここでは斬新な予想を期待していますので、村上さんには大胆にして思い切りのいい予想をお願いしたいと思います」 忘れもしないラジオ番組初出演の記憶。毎日放送ラジオの競馬中継に出演が決まって競馬場のゴンドラにある放送席に着いた瞬間、司会の蜂谷薫アナウンサーの上記のようなトークで放送がスタート。コチコチになって放送席で固まっていた私にすれば歯切れのいい蜂谷節は恐怖以外の何物でもなかった。「人気通りの三点なら面白くない」という台詞も心臓に突き刺さった。本命サイドで固く収まりそうなレースだったのだ。しかし、「大胆にして思い切りのいい予想を」と言われて人気順の連番を発表するわけにもいかない。やむなく「ABC以外ではDの返し馬の気配が良かったので、Dから人気の3頭に流してみましょう」とひとひねりした狙いを提案。結果は人気のABが1、2着に入線。私の狙った穴馬Dは離された3着に敗れた。素直に力通りの予想をしておけばと唇を噛む私の耳に「2着に入線したBは他馬の進路を妨害したため失格といたします」という場内放送が流れてきた。あくまで結果オーライではあったが、型通りの予想をせずに攻めの予想をという蜂谷アナの意図が理解できた瞬間だった。 それ以来、放送席に坐るたびに緊張状態が続いた。「常識的にはこの馬で仕方ないですよね」と振ってくるかと思えば「この人気馬は危ないと思うんですが、村上さんはどうですか」といったふうに変幻自在に切り込んでくる。「蜂谷さんはそうおっしゃいますが、私の考えは違います」と反論すると嬉しそうに「その考えをもう少し詳しく」と返してくる。競馬に精通していて型に嵌った放送が嫌いな彼は解説者を巧みに操縦しつつリスナーに新鮮な会話が届けられるようにと演出していたのだろう。その奥深い司会ぶりには驚かされてばかりだった。そして彼とのコンビで電波に乗るときはかなりの緊張感があった。それは一種のバトルに近かったが、番組が終了すると不思議ともいえる充足感があった。無意識のうちに彼の手のひらで踊らされていたのかもしれないが、振り返ってみれば他局とはひと味違う競馬番組を作れたのではないかと思っている。 「競馬ブックの本命、対抗が後続を引き離して2頭並んでゴールイン」という昔のG1レースの実況もダイナミックだったが、競馬の魅力を切々と語るその姿もなかなか魅力的だった。世間では《競馬=社会悪》とされていた厳しい時代からずっと競馬担当として活躍してきた毎日放送の蜂谷薫アナウンサー。ホノルルマラソンに参加して完走するのは毎年の恒例行事であり、麻雀の強さにも定評があった。そんな彼が現役最後のレース実況をすべく天皇賞当日に東京競馬場にやってきていると聞き、同じ場所にいることを偶然と済ませるべきではないと判断。放送がはじまる前に毎日放送のブースに挨拶に出向いた。 「わざわざ挨拶にきていただいたんですか。お忙しいなか、ありがとうございます。とりあえずはあと一年間、競馬中継に関わる仕事をするつもりでいます。それからは、また改めて考えようかと思っているんです。お気遣いありがとうございました、村上さん」 突然押しかけたというのに例によって歯切れのいい口調で普段通り沈着冷静に応対してくれた彼。その表情は相変わらず若々しく、言動にまるで隙がないのも昔のままだった。同じ年齢になったときに同様に振る舞えるかと考えてみたが、私にそんな芸当ができるはずもないとしみじみ思った。素敵な60歳になられた蜂谷さん、長い間ご苦労さまでした。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP